のろま

チョウを追いかけたあと「は〜、疲れたな〜」なんて思いながら住宅街を歩いていると、目の前を野良猫が横切り塀の上へヒョイッと跳び乗った。それを見たときになんてのろまな動きの動物なんだろうかと思った。普段猫を見るときはその身軽な身のこなしに羨ましかったりするのに、チョウを追いかけたあとに猫を見るとのろまな動物としか思えず、猫が重量をもった肉の塊に感じられて、身体がとてつもなく重そうに見える。一歩一歩歩くその姿がドシンドシンという音と共に重量として感じられてしまう。お前のようなのろまな生き物はどんな風にでも写真に撮れてしまうぞっ、と思えてくる。チョウのあのフワフワした動きを見続け、その動きに合わそうと、追いつこうと必死になってチョウを目で追い、身体を動かしていた時の感覚は意識されないまましばらく残っていて、猫を見た途端にその感覚を意識してしまったということになるのだろうか。猫の動きを見ることによって、チョウを追いかけるということがいつもの感覚ではなかったということを思い知ったということなのかもしれない。こういうことは写真を撮るとき(チョウの写真だけでなく)や見るときともしかしたら関係することなのかもしれないと思ったりするけど、いったいどのように関係しているのかと聞かれると言葉に詰まってしまう。だからもしかしたら関係ないのかもしれないけれど、やっぱり全然関係なくはないと思ってしまう。