杖

8月7日 晴れ時々曇り
夜、ブーンという大きな羽音が聞こえたので、もしかしてと網戸に近づくとカブトムシのメスが網戸の上を歩いていた。
8月8日 晴れ時々曇り
帰りに、ジョイスの「ダブリン市民」を読もうと今日もマクドナルドに寄ってアイスコーヒーを注文した。「砂糖とミルクをお入れしてもよろしいですか?」と聞いてきたので、入れるってどういうこと?付けるってことやな〜と思いながら、はいと返事したら、本当にコーヒーにガムシロップとミルクを入れてストローをさしてクルクルと掻き回して「はい」と笑顔で渡された。
杖をついて腰を90度に曲げて下を向いてよろよろ歩いているばあさんと路地ですれ違った。それにしてもよろよろし過ぎやな〜、そのうちこけるんとちゃうか、と思っていたら後ろからドサッという音が聞こえてきた。後ろを振り向いたらちょうどゆるい曲線を描いてその道は曲がっていて、向こうの方は何も見えなかった。
今の音は聞かなかったことにしようと思って歩こうとしたけど、静かな路地にドサッという音が響きすぎていたので、やっぱりちょっと様子を見ておこうとカーブの先が見えるように首を伸ばしながらそっと足音を立てずに戻り始めた。
どちらが頭でどれが手か足かもわからなかった。夏の日差しがばあさんの着ている白い服に反射して光っていた。一瞬、何を見ているのかわからなくなる。
白く光っている固まりが少し動いた。それは顔らしく、こちらを向いていた。「だいじょうぶか〜」と言いながらそのまま歩いてばあさんの方へ近づいた。ばあさんはこけたときに顔から落ちたらしく顔をすりむいていたし、血も少し出ていた。こういうときはどうしていいかわからない。「家、近いんか?誰か呼んできたろか?」と聞いたら、顔をこすりながら何か全然違うことをしゃべり始めた。何を言っているのか最初わからなかった。「顔、あこうなっとるけ?」みたいなことだとわかったので、「ま〜、ちょっとだけ赤なってるけど、たいしたことないで、ちょっとだけや」と応えた。また何か言っていたけど、ばあさんの歯についた血が気になって、何を言っているのか聞き逃してしまった。
「つまずいた」「病院に直行や」「バス停が」とか何かしゃべっていた。どうやら骨折とかしてなさそうで少し安心してきた。「立てるか?これからどうするの?どうしてほしい?」って聞くと、バス停まで行くから助けてくれって話になった。
ばあさんは一人で立ち上がり歩き始めた。デパートの紙袋に入った同じデパートの包装紙に包まれた何か贈り物のようなものを僕は持って、ばあさんのいう方向へばあさんと歩いていた。ばあさんはさっき見たよりきちんと歩いている。ばあさんはこのデパートの紙袋を持っただけでバランスを崩してよろよろ歩くことになっていたのだと気付いた。「この荷物が重たいからこけたんやな〜」ってばあさんに話しかけたりしながら歩いていた。
ばあさんの少し前を僕はゆっくりと歩いていた。「にいちゃん、顔から血でてないけ?」と聞いてきたので振り返ると顔をこすった手に血が付いているのを見て、顔から血が出ているのに気付いたみたいだった。「ま〜、でてるけど、ちょっとだけやで、たいしたことないで、全然大丈夫や、ほっといたらすぐになおるわ。」と返事をしておいた。