Shin Yamagata

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セカンドバッグ




(数日前のつづき)
「もったいなから食べるのよそう」
「何言ってんだよ、そんなのもったいなくともなんともないよ」
「明日の朝にでも食べようかな」
おばさんはおじさんの方を見たままコートの右側の腰の上辺りについているポケットに飴ちゃんを仕舞おうとするのだけど、うまくポケットの中に手が入らずポケットの上を飴ちゃんを握った右手が滑り続けている。
「ポケットがどこかわかんなくなっちゃった。うふふふふ。」
おばさんはポケットに付いている金色の大き目のボタンを外して飴ちゃんをポケットに入れた。
「ばぁはぁ・・・ぶぅふぅ・・・」
おじさんは何を言っているのかわからない。
「半分食べる?」
「半分って、どうやって分けるんだよ。こうやらなくちゃいけないのか?」
といっておじさんは体をおばさんの方へ突き出しながら分厚くて硬そうな唇も突き出した。そして二人でアハハとかウホホとかウヘヘとかそういう感じのいやらしい笑い声を喫茶店内に響かせた。
「私が半分食べてからあなたが半分食べればいいのよ」
おばさんは人差し指と親指で飴ちゃんをつまむ振りをした右手をおじさんの顔の前まで持っていった。おじさんはニヤニヤと笑ったままだ。
それから二人は今日の夕飯は何にしようか、あなたは足りないといけないから駅前にあるすし屋でのり巻きでも買って帰る?とかそんな話をしていた頃には半分くらいの意識は読んでいる本へ向けられていた。
おじさんはトイレへと席を立った。おばさんはしばらくボンヤリしていたけど、体を半分ひねって、自分が座っている椅子の背もたれに引っ掛けてあった傘を掴んで、中腰になるくらいの立ち上がり方で一歩だけ左足を前に出し、体を空いているおじさんの椅子の方へ傘を持っている左手と共に伸ばし、おじさんが座っていた椅子におばさんのと同じように引っ掛かっていた傘と重ねるようにして自分の傘もそこへ引っ掛けた。そして傘から離れたおばさんの手はおばさんの方へ引き戻される前におじさんの椅子に置かれてあった黒い皮のセカンドバッグを掴み、5cmくらいスッと持ち上げ、すぐにまた手を離し椅子の上にそのセカンドバッグを戻した。おばさんは自分の席へ着いた。僕は本を閉じ、おばさんを見た。おばさんも僕を見た。ゆっくりと僕は視線を下へ落とし閉じてしまった本をまた開いた。
(もうつづかない)