縄文時代

電気をつけて枕元にあった宮本常一の本を読み始め、原発のあれやこれやが起こってしまったあとでこういう本を読むとまた色々と考えることも変わってくるなあとぼんやり思いながら、縄文時代とか弥生時代とか小学校で習ったイメージというのが今思えばただの具体性を欠いたアニメーションでしかなく、実際その時に暮らしていた人たちがどういう言葉をしゃべったりどんな風に獲物を捕らえていたのかだとか家族の範囲とか地域の範囲とか日本列島と今は呼ばれている地域もその当時にはそんな境界はなかったのだろうし、山で暮らしていた人もいれば海で暮らしていた人もいるだろうし、そういう人たちの交流もあっただろうしと、結局縄文時代とか弥生時代とか言われている頃のことなんて何もわかっていないと今更思ったりもしていた。江戸時代や明治時代のこともわかってないし、アスファルトが地面を覆う前の姿だってもう想像しにくいのに結局何もわからない、とりあえず何もわからないのだからそういうことを考えるのはひとまずやめておこうと枕元にあったもう一冊の本、それは高野文子の漫画だった、を手にとって読み始めた。
つづく