Shin Yamagata

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近代




この辺りを考えるとき、「近代」とかそういう言葉を使えばまた話は進むのかもしれないとなんとなく思ったりもする。「モダン」とか「ポストモダン」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3)とかでしょうか。最近文章が乱れてきている。しっかりしなければならない。そうすると、「自己」とか「自我」とか「主体」とかそういった言葉も絡んでくるのかもしれない。でもこういう言葉に馴染みがない。誰かと話をしていたりするといきなり「ポストモダン」とか言いはじめる人がいる。糸崎さんもそうだった。「そういうのがポストモダンなんだよ」みたいなことを言われたような気がする。「そういうの」のところでわたしが何を話していたのかもう思い出せないけど、たぶんわたしは「ポストモダン」という言葉を使えないから、だらだらと「そういうの」を話していたのだと思う。「モダン」とか「ポストモダン」という言葉を使うような環境にいなかったからそういう言葉が当たり前として存在するような場所にときどきうまく馴染めない。そして「モダン」とか「ポストモダン」という言葉を知らないとなんだか少し恥ずかしいというような気持ちも少しあったかもしれない。わたしは不勉強だった。少し恥ずかしいような気がしながら勉強しなかった。いや、少しはしたかもしれない。ただ頭に入ってこなかった。そういうのを読んだときはほーと感心したりするけど、本を閉じるともう何も覚えていない。だからウィキペディアポストモダンのところを読んでほーと思ったけど、今はもう「ポストモダン」が何かわからない。だから「モダン」も「ポストモダン」も「戦後」と同じくらいよくわからない言葉だった。「原発爆発後」ならわたしは今そこを過ごしているような気はしている。そして話はズンドコ逸れてきているのだった。
つづく