Shin Yamagata

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意図




だからまた少し戻ることにする。わたしはまず、人を写し込んでいる写真を見て、わざとらしいな、と思う。わざわざ人を入れる必要ないんとちゃうん?って思ってしまう。意図が透けて見えているようで嫌だな、と思う。その意図というのは前に書いたようなことだった。これは誤解かもしれないけど、なぜかわからないけど、そういう意図があるのだろうと思える。とりあえず人が通るのを待ってシャッターを押しているのは確実だろう。そこには何かしらの意図がある。そういうわざとらしさ。そのわざとらしさが鼻につく。なぜだろうか。それはミエミエだからだろうか。「ミエミエのわざとらしさ」ということなのか。これは同語反復というやつなのか。「さらっとしたわざとらしさ」は気にならないのだろうか。「さらっとしたわざとらしさ」は存在するのだろうか。話がおかしくなってるような気がするけど、どうだろうか?どうなんですか?わざとらしい、意図が見える。意図の見えないものならいいのか。これは意図の中身によるということなのか。この意図はいいけど、あの意図はダメ。意図が嫌なのか、意図が透けて見えるのが嫌なのか、どっちだろう。どっちだろうか。意図の中身なのだろうか。そういえば意図のないものをわざわざ発表するのだろうか、やっぱり意図はだいたいあるものなのか、そうなのか、そうなのだろう。意図はあるのだろう。だからやっぱり意図の内容が問題なのかもしれない。
つづく