Shin Yamagata

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10月1日
内田百間「第三阿房列車」を読んでいた。
「まあいいです。先生は写真は嫌ひですか」
「写真つて、写真を写す事か」
「どつちでもいいですけれど」
「人に物を聞いて、どつちでもいいはないだらう」
「それでしたら、写される方です。写されるのは嫌ひですか」
「嫌ひだね」
「なぜです」
「どうも貴君の話し方は無茶でいかん。突然なぜですと云ふのは無茶だ」
「はあ」
「一体好きだの嫌ひだのと区別する迄もないだらう。写真を写されるのが好きだと云ふ者がゐる筈がない」
「さうでせうか」
「レンズを向けられて、狙はれてゐる様で、そのうしろから変な目つきでこちらを窺つてゐる。さう云ふ奴の餌食にはなりたくない」
「さうですかね。それでは先生が写す側になるのはどうです」
「僕が写真を写すのか」
「さうです」
「僕は写真を撮つて見ようと云ふ考へを起こした事はない」
「嫌ひですか」
「嫌ひにも好きにも考へた事がないから、嫌ひだか好きだかわからない」
「面白いですよ」
「どう面白い」
「それは一口に云へませんけれどね、やつて御覧なさい」
「それで、だれを写す」
「僕だつていいです」
「貴君を写してどうなる」
「現像すると出て来ます」
「出て来たつてその顔で、もともとだ」
「人物には限らんです。景色はどうです」
「景色など写しても、景色の方で写されてゐると云ふ反応がないからつまらない」
「さうなんだ。先生には写されてゐると云ふ反応があつて、それで写されるのが嫌ひなんですね」
「要するに僕は写されるのも写すのも好きではない」
「それではどうします」
「どうしますつて、もともと僕はどうするとも云つてやしない」
「いけませんか」
「何が」
「写真を写すのは」
「写されるのは御免蒙る。写すのは面倒臭くていやだ」
「面倒ではありません」
「機械いぢりは僕の性に合はないから駄目だ。やつたらきつと、こはしてしまふ」
「僕がお教へしますけれど」
「さあもう少し注がう。手許の杯をほつたらかしておいて、なぜそんなに写真の事ばかり話すのか、その心底が僕には計り兼ねる」