Shin Yamagata

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5月2日
帰りに、桜の散った吉野山はどうなっているだろうかと思って、大回りをして吉野山を通ってみた。ゴールデンウイークだけど、閉まっている店が多く、歩いている人もほとんどいなくて、がらんとしていた。コロナの影響なのか、それとも、桜が散ったあとだからなのか、わからない。派手な格好をした中年の男女がそんなにくっつかなくてもいいだろうという親密さで歩いていた。夫婦なのか、それとも、ただならぬ関係の二人なのか、これはほぼ間違いなく夫婦ではないだろう。桜が咲いている時期は人でごった返す道をすらすらと原付で走り抜け、吉野神宮をあとにして吉野の町にまっすぐ下った。そういえば、このあたりは「今月の言葉」の宝庫だったと思い出して、覚えている寺に原付を走らせた。前はこのあたりもよく歩いていた。いつからか、歩かなくなって

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6月7日
駅ビルに入っている、いわゆる、高級スーパーといわれているスーパーに入ってみた。高すぎる。こんなスーパーで何かを買うわけにはいかない。20パーセント引きの値引きシールが貼ってあるものもあるけど、値引き後の値段ではなくて、値引いた分のお金で普段行っているスーパーでは買い物ができる。だけど、お客さんは結構入っていた。ほとんどが女性だ。おばはんというのは失礼だから奥様とでも言えばいいのか、若い人もいる。こんな値段のスーパーで毎日買い物していたらわたしの生活は成り立たないのだけど、今ここにいる人たちは成り立つのだろうか。インタビューをして聞いてみたい。毎日ではなく、ちょっとお出かけしたときに立ち寄っているのだろうか。今日は仕事をがんばって疲れたから少し贅沢しておいしいものでも食べてみようかしら、そんな気分で立ち寄っているのだろうか。わたしにはわかるはずもないのだけど、一通り商品を見てみた。わたしが普段行くスーパーに売っているものも売っている。値段は全然違う。スーパーなら79円で買えるペットボトルの飲料がコンビニでは160円、そんな感じだろうか。それよりもぼったくり感が漂っているのは気のせいなのだろうか、それはきっと、

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8月4日
どこにあるのかわからないスピーカーから熱中症予防を呼びかけるアナウンスが流れてきた。続いて、まったく同じ文言がもう一度流れた。一度目の声が山にはね返って何重にもなって聞きづらくなっているところに、二度目の声が重なって、それがまた山に跳ね返って、何を言っているのかわからない音が、村の全部にぼわんぼわんと響いた。連日の暑さのせいで日中外に出ている人が少ないからか、今年は猿と鹿を村内でよく見かける。鹿は決まっておしりを見せて山を駆け上っていく。鹿は、わたしの足音か気配に気づいて急に走り出すのだけど、その鹿の足音とかガサガサと立てる音でわたしはいつも驚いた。猿は個体差が激しく、すぐに逃げていくものと、じっとこちらを見ているもの、あなたを気にしてはいません、という感じで普通に歩いて立ち去っていくものなどがいる。もしかしたら人がいないから昼間から村に下りてきているのではなくて、猿や鹿も暑さ

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5月5日
藤原京がなんなのか知らないまま藤原京跡地に行ってみた。耳成山と香具山と畝傍山にかこまれた原っぱが広がっていた。大和三山に囲まれているといっても、すぐ近くに山があるわけではなくて、1キロか2キロか、いや、もっとか、数キロは離れていそうだった。耳成山畝傍山はぽこんとふくらんだ山だけど、香具山はべたっとつぶれたような山で、香具山だけがなんとなくだらしがない。原っぱには、木陰でテントを張って過ごす人やキャッチボールをする人などがぱらぱらといるだけで、他に何もない。短めの赤くて太い杭が何本も打ち込まれている場所があるけど、かつて建物があった場所なのだろうか、それとも違う何かか、説明が何もない。探せばあるのかもしれないけれど、歩くのがめんどくさい。とにかく、藤原京跡地というのは、その杭だけがある原っぱだった。景観を損ねるとかなんとかの条例があって、高い建物を建ててはいけないのだろう、周りに高い建物は一つもなく、そのことがさらに原っぱ感を高めている。持統天皇がどうしたこうしたというさっぱりとした看板が一つあるだけで、

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5月30日
アサヒカメラは休刊にでもなるのか。検索すると、「月刊カメラマン」が休刊、と頭に出てきた。それ以外の情報は出てこない。だけど、検索窓に「アサヒカメラ」と打ち込むと「アサヒカメラ 休刊」と勝手に出てくるし、写真関係者の間では噂になっているようだから間違いなさそうだ。ああ、そうだ、リアルタイム検索というのがあった、と思って検索するとざくざく出てきた。一度載せてもらっておいてこんなことを言うのはなんだけれど、おっさん向けの趣味の雑誌というか、写真というよりはやっぱりカメラの雑誌で、昔は違ったのかもしれないけれど、知らないけれど、今はそうなっていて、写真についてあーだこーだというよりは、カメラやレンズについてあーだこーだと言っていて、レンズがあーだ、画素数がこーだ、モノクロフィルムは永遠に、みたいなことばっかり言っていて、写真をやってます、とか言うと、どんな写真を撮っているんですか? というよりは、カメラはなんですか? と聞かれるような世の中を作ることに貢献し続けてきた歴史ある雑誌だそうで、知らんけど、そういうことが写真文化と呼ばれるようになったのか、いや、写真文化とは何の関係もなかった、そもそも写真文化って? 何を言ってもいいのだけど、そんなことばかり言ってた人たちは、休刊になっても食い扶持がなくなったとしか思っていないのだろうし、アラーキーの一件のあとに、そのことにまったく触れずにアラーキーを特集したりするようなことをしてしまううんこみたいな雑誌、あったことをなかったかのように振る舞うのは現政権と同類、もちろんジャーナリズムの欠片もない雑誌、に成り下がっていて、だから、はなしがどんどん逸れて、余計なことがずぶずぶと漏れ出てしまって、言葉遣いもどんどん悪くなりそうになっていたけれど、なんとか立て直そうとしていて、最近は読んでないから本当はこんなことは言えないのだけれど、それでも写真をはじめた頃は買ったことがあったし、パラパラとは見ていたりもしたのだけど、いつの頃からか本屋でも立ち読みしなくなり、カメラ雑誌といえば、知ったときにはもうなくなっていた「カメラ毎日」を見たかったなぁーと、だからといって国会図書館までは出向いたことはなくて、それでも古本屋などで見かければパラパラとめくって、あっ、誰々の写真が載ってる、とか思ったりしたような記憶があるのだけど、話が逸れたけど、アサヒカメラを読んでなるほどなるほどとうなった記憶はないし、楽しみにしていた号もなかった。わたしはアサヒカメラがターゲットにしている読者ではなかった(なのに掲載してもらった、そのときに編集部にいたMさんにはお世話になったし、写真のことをきちんと話し合える人だった、今思えば、あの人が最後の砦だったのかもしれない、知らんけど、ほんまに知らんけど)。新たな読者をどうやって獲得していくか、というよりは、今の読者(おっさん)をどう離さないか、というような方針だったのだろうと思えるのだけど、というか、見る限りほぼそうなのだろうけど、だから、泥舟(この雑誌を含む、大日本写真村が泥舟だという噂もある)だということはおそらく雑誌を作っている人たちも理解していて、この結末にただ甘んじてきたのか、別の事情があったのかは知らないけれど、大胆にリニューアルをして新たな読者を獲得していくという気概があったのかなかったのか、そんなことはどうでもいいのだけど、