Shin Yamagata

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2月21日
古本屋の二階にある喫茶店に立ち寄った。以前にも来たことがあったから店内の様子はなんとなくわかっていて、だから、この席に座るだろうと思っていたのだけど、それはこちらの勝手な思い込みで、あちらの窓際の席にどうぞ、とまったく思いもよらない席に案内されて、どうしてあの席に座ると思い込んでいたのだろうと思いながら、見た目以上にやわらかい椅子に腰を下ろした。水を運んできた店員は前に来たときにもいた店員だった。以前と雰囲気の変わったふてぶてしい顔と態度の店員を見て、以前は働きはじめてまもない頃だったに違いない、と思った。あるいは、カウンターの奥で皿を拭いている店長らしき太った男に何か嫌なことでも言われたか。今日のチーズケーキは何ですか? すいません、今日はすでになくなりまして、残っているのはこちらとこちらと、あとこれになりますね。そしたらこれください。隣の隣の隣に座っている男女の男の声がいやに大きく、バリトンの歌手ような野太く低い声が静かな喫茶店に響いていて、

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8月4日
外へ出て右に曲がった。曲がるとすぐにピンクの花を咲かせるサルスベリが目に入る。その先の交差点を左に曲がった。このすぐ近くに住む地主が管理しているだだっぴろい駐車場の脇を通って、たまに吠えながら犬が階段を駆け下りてくる大きな家の前を通り過ぎて、しょっちゅうたばこを吸うために外に出てきているおっさんの住む家の前も過ぎて右に曲がった。その角の家も犬を飼っていて、よく玄関の隙間から顔を出しているのだけど、今日は暑いからか、ぴしゃりと玄関は閉じていた。まだ小学校は夏休みになっていないのか、黄色い旗を持ったおばさんが交差点に立っていて、おはようございます、とこちらに頭を下げてくる。おはようございます。少し先の緩やかに上っていく坂道の途中に、

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7月6日
名古屋で薬局の店長をしている友人から、東京の感染者が増えているからか、店が客でごった返しててんやわんやや、というメッセージが届いた。こっちは前みたいな買占めもなさそうやし、あんまり変わらんきーするけど、それに、検査数がまちまちやし、あの数字も何を反映してるのかよーわからんで、ボーナスとか出てみんな買い物しようとおもたんとちゃうんけ? そうか、ボーナスかもわからんな。そやけど、土日は買い物に行かないようにしていたから実際はどうなのかわかっていないし、夜にスーパーに寄ったときにでも様子を確認ようかと思ったけど、忘れてた。スーパーに寄って何も感じなかったのだからいつもと何も変わっていないということなのだろうと思うのだけど、ただ見逃していただけかもしれず、それに、今日は買うものが決まっていて、

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7月4日
かつて川が流れていた道の両サイドは上り坂になっていて、その片方の坂を上りきったところに「富士見荘」という二階建てのアパートがある。鉄の錆びた外階段を上った先の二階には扉が一つあるだけで、その扉を開けた先の廊下にそれぞれの部屋の扉がある、という今ではほとんど見かけない古い造りのアパートになっていた。道路に対して平行に建物が並ぶ中で、このアパートだけが斜めを向いていて、無駄とも思える空間が通るたびに目についてしまう。このアパートは今のこの道路ができる前、ここが坂道、というよりも、こんもりと膨らんだ山のように見えていた当時にぽつんと建てられ、塞がれることのない視界の先に、このアパートの名前が示す通りの富士山が見えていたのだろうけど、今は背の高いマンションに取り囲まれて、富士山どころか数十メートル先も見通せなくなっていて、だけど、下っていく川の方を見ればそのずっと先にスカイツリーが、夜には、

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7月5日
どうせみどりのたぬきだろうと思うのだけど、というか、報道でも間違いなくみどりのたぬきだと言われているけれど、近くの小学校に投票に行った。今までほとんど期日前投票だったから、小学校に来たのは久しぶりだった。わたしが通っていた山間の小学校とあまりにも違うから、廊下を歩いたり下駄箱を見たりしても懐かしさの欠片もない。それでも、教室の中に整然と机が並べられているのを見ると懐かしさというのか、そうとも言い切れない別の何か、若干嫌な感じのする何かが湧き上がってくる。この嫌な感じというのは小学校のときよりも中学、高校、と進むうちになんとなく感じるようになっていて、大学を卒業して「学校」という枠組みから外れて生活するようになって、はっきりと意識されはじめたものなのかもしれない。写真をやっているくせに、いつかは母校やそれ以外の学校で教鞭をとりたい、またあの「学校」という枠組みの中に組み込まれたい、そう願っている人間を今までに何人も見てきた。そういう悪循環というのか、ときには悪循環というのか、ほとんどが悪循環といってもいい気がするのだけど、そういうことに積極的に加わろうとする人間が教壇に立って

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7月7日
図書館に寄って写真集のコーナーを久しぶりに見てみた。特に新しい写真集が入っているわけでもなく、写真のコーナーは、実際の写真の世界を反映して、ほとんど更新されていなかった。少し離れた棚に大型の写真集があることに気がついた。現代日本写真全集というシリーズで「日本の心」「日本の美」とそれぞれ12巻のセットになっていた。今後、このような立派な本は作られないのだろうなと思いながらまず手に取ったのは、濱谷浩が撮影した「孤峰富士」だった。濱谷浩が富士山なんて撮っていたのかと気軽に手に取ったのだけど、次のページになかなか進めないほどの見応えだった。濱谷浩が撮ったということを知ったうえで見ているからか、それとも、撮影者不明のままどこかでたまたま見たとしてもこうして手が止まるのか、写真を見ながらそういうことを考えていた。美しい写真なのだけど、「ネイチャーフォト」とは何かが決定的に違っている。その何かの一端は「科学」というか、もう少し広げて「学問」というのか、最近の写真にほとんど見かけなくなった

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8月6日
暑い。8月の東京を歩くのはなん年ぶりかわからない。買い物に行くだけなのにとにかく暑い。日陰に入っても涼しくない。地面がひんやりと冷たいわけでもないし、下からも横からももわっとした熱気に体が押されてどうしようもない。暑すぎてアスファルトや家の壁にむくむくと敵意が湧き上がってくる。歩いている方向が悪いのか、住宅街なのに影がない。影に入ったところでたいした違いはないのだけど、見た目に暑苦しい。暑すぎるからかセミもあまり鳴いていない。曲がった。曲がっても影がない。曲がってどこに行くのかもわからない。今はお昼なのか。逃げ場がない、と思えば思うほど暑くなってくる。少し先にこんもりと膨らんだ緑が見えている。公園か神社か、そのどちらかなのだろうけど、