Shin Yamagata

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7月6日
買い物に行くのにカメラを持って出た。だいたい持って出る。一枚も撮らないことも多いのだけど、こんなにどんよりしているのだから今日もきっと撮らない。マンションのベランダにかかっているピンクのハンガーに向けて一枚撮ってしまう。下着などはぶら下がっていない。ハンガーが一つ、その一つがピンク色だ。一枚撮ってしまうと目が活性化されてしまい、数歩進むだけでまたカメラを持ち上げてしまう。お地蔵様に添えられた得体の知れない木の芽。その脇の路地を入って集合住宅の錆びた郵便ポスト。はじめに撮影したのがハンガーだからか、モノにばかり目が向き、風景に目が向いていないことに気づく。それじゃあ、と、風景に目を向けるはじめると、活性化した目がしぼんでしまった。あのときに余計なことを思わず、もう少しモノに目を向けていれば、

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9月17日
山下くんの写真展を見た。暗そうな室内で撮影された人物がブレずにピタリと、そして、ピントがきていることにさすがだと思い、シャッタースピードはどれくらいだったの? と山下くんに聞いてみると、いきなりカメラおやじみたいな質問だな、と顔をしかめられる。だから次の質問は、印画紙は何? にしてみた。それからカラスの向こうに小さく写るドーム型の原発施設のことやキリスト教について山下くんに聞き、あまり意味のなさそうなカットが混ざっていることや子供が写っている写真について話したりしていると、さっきから文句ばっかり言ってて、何を言っているのか興味があって聞きたいんですけど、と知らない女の人が近づいてきたのだけど、確かに褒めちぎってはいないけれど、文句ばかりを言っているわけでもなかったのに、そう聞こえているということは、喋り方なのか態度なのか、それともやっぱり文句だけいっていたのか、あるいは、聞いている山下くんの態度がそう思わせたのか、なんなのかはまったくわからないのだけど、全部の写真が素敵です、素敵です、というその女の人の、挨拶もせずに近づいてきてさらりと会話に混ざってくるその距離感に馴染めないわたしの

Y氏の写真展を見た。Y氏はおそらく、クソつまんねー奴ら、例えば、まんまと写真学校の講師の席に収まり、女子生徒を騙して性行為に及ぶような写真家、あるいは、そんなことはよくあることですよ、とそれらの行為を黙認してむしろ武勇伝ぽく語りたがるヘラヘラと笑っている写真家(もちろん両方とも男だ)、たいしておもしろくない写真なのにしゃこーしゃこーで成り上がった写真家、商業ギャラリーで取り扱われただけで急に上から目線で話してくる写真家、まるで現政権のクソみたいな奴らを見ているような、そんな低脳な奴らにイラついているのだろうか、俺は普段はこんなだけど、本当は写真のことを一生懸命やっているし、腕だってお前らと違って確かなものがあるんだ、みたいなことを言いたいのか、ついそういう基準で選ばれた写真が混ざり込んではいないだろうか。写真がうまいのは当たり前だ、それが写真家なのだし、プリントがきれいなのも当たり前で、それが写真家の仕事なのだから、そんな仕事もできないクソみたいな奴らのこと(そういう奴らに限って、高い技術に裏打ちされた暗室技術によってプリントされた写真は、云々、デンデン、などと言いたがる)は無視してただ自分のやりたいことだけをやればいいのだけど、そういう奴らが目障りで目障りで目障りで仕方がないとでも言いたげな、

yさんの写真展を見た。yさんは夕方などの「美しい」時間帯に写真を撮ることが多いらしい。白黒写真ではわからないが、それでも、淡いグレートーンのプリントから、それらを想像することは可能かもしれない(白黒写真を見慣れた者の目であれば特に)。しかし、その「美しさ」はなんだろうか。yさんはその「美しさ」を写真を見るときのきっかけや入り口として利用しようとしているらしい。より多くの人の目に触れるための戦略、と言えば大袈裟だろうが、ま、そういうことになるのかもしれない。夕焼けはきれいだ。わたしも空が色付いているのに気づくと、つい目を細めて眺めてしまう、ピンクや赤や水色のグラデーション、その混ざり方、雲の影や形、そして、カメラを向けて撮影してしまうことも確かにある。しかし、夕焼けは曲者だ。まず、現実に見ているときの感覚と写真になったそれを見るときの感覚の落差が激しい。そして、夕焼けの写真を利用している奴らは他にもゴマンといる。その利用の仕方はだいたいにおいて胡散臭い。権威や権力や金のにおいがプンプン漂うこともある。そのように散々使い古された夕焼けを

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6月2日
自転車で北へ。池のある公園に着く。荒川のすぐ近くだ。池は元は荒川だったらしく、ヘアピンカーブを描く川を直線で結んだ残りの一部分らしい。周りの風景がなんとなく殺風景なのが気になる。池に釣り糸を垂らしている人のそばへ近づいてバケツの中を覗き込むと小さな魚が数匹泳いでいる。魚の名前まではわからない。小さな生きた魚の背中に針をかけて泳がせている人もいる。肉食の外来種でもいるのだろうか。公園を出ると背の高い堤防があった。ここを上ると荒川が見えるのだろうと登っていっても荒川は見えなかった。河川敷のゴルフ場が見えて、その奥の木に川は遮られている。川の向こうにはビルが立ち並んでいる。川向こうは埼玉の川口だろうか。あのビルはオフィスビルではなくマンションということなのだろうか。このあたりのことはわたしは何も知らない。

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5月17日
最寄駅の商店街にある古本屋に入った。いつもは3冊で200円の本が並ぶ外の壁に面した本棚を見るのだけど、今日は1ヶ月ぶりくらいに店内に入った。「貧乏旅行記つげ義春の文庫本が目に止まる。200円。最初のページにつげ義春が撮影した白黒の写真が載っている(中にも載っている)。この写真がいい。とにかくいい。「つげ義春 写真集」で検索すると北井一夫の写真集が出てくる。これは、つげ義春が写っていて、つげ義春が撮った写真ではなくて北井一夫が撮った写真だ。その写真集は本屋でちらっと見た記憶があるけど、このつげ義春が撮影した写真ほどの感動はなかった。ずいぶん前につげ義春が撮影した写真を見ることのできるサイトを発見した記憶があるのだけど、そのサイトに今はたどり着けない。もうどこにあるのかわからない。なくなったのかもしれない。だから、余計につげ義春の写真が見たくなる。見たくなる、というか、こういう写真を見ると、写真が撮りたくなる。いい写真だ。

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9月11日
ロバートフランクが亡くなったのか。「THE AMERICANS」は何がいいのか最初は全然わからなかった。あれはいいといろんな人が言うし、どの本を読んでも歴史に残る写真集だ、みたいに書かれているから、そうなの? とは思っていたけれど、やっぱり何がいいのかわからなかった。みんな持ち上げすぎじゃねーのか? ほんとにみんないいと思ってるのか? みんながいいと言ってるからそれに合わせて騒いでるだけなんじゃねーの? あの下手くそに見えて仕方のないセザンヌの展覧会が話題になっているからとりあえず行って、インスタにでもアップしておこう、というようなレベルの話なんじゃねーの? それでもいろんな人がいいというから写真集は何度も見ていた。安くはないお金を払って写真集まで買ったのだけど、輸入されたものだから日本語がなくて、そうすれば自身で訳せばいいのだけど、そこまでのやる気はなかった。だけど、序文を寄せているのはケルアックだと何かで読んで知っていたから、「路上」を買って読んでみた。もちろん日本語に訳された「路上」だ。そうすると前よりは写真が見えるようになった気がした。小説に書かれていた「雰囲気」と写真に写っている「雰囲気」が重なった。ジュークボックスから流れてくる音楽まではわからないけれど、ジュークボックスがそこにある雰囲気はなんとなくわかるようにはなった。白人が写っていて黒人が写っていて国旗や十字架、シルクハットにカウボーイ、テレビ局もあればパーティー会場、飲み屋、ホットドック屋みたいな場所も写っていて、それぞれから何かしらの意味が読み取れそうだということがなんとなくわかりはじめる。アメリカという国がどういう国だったのかを知るようになり、そして、ロバートフランクがどういう立場で撮っていたのかという知識もそこに加わり、ますます立体的に見えはじめる手応えを感じはじめていた。そんなときに、今は亡くなってしまった長野さんと話す機会があった。聞いてみた。長野さんはあの「THE AMERICANS」をはじめて見たとき、どう思ったんですか? リアルタイムで見たんですよね? 長野さんは教えてくれた。あれはねー、

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6月20日
昨日の夜、布団に入った途端に背中が痛くなった。寝返りをうつのも一苦労で、寝返りをうつたびに夜中に目が覚めていた。おかげで寝不足のまま起きることになってしまった。起き上がろうとすると痛みがひどくて起き上がれない。痛みで息が詰まる。なんだこれはと思いながら這うような姿勢からなんとか起き上がる。手を前に出すと背中に痛みが走る。そろりそろりと歩いて台所へ向かい薬缶に水を入れようとするのだけど、薬缶を持ったり蛇口をひねったりしようとすると背中に痛みが走る。ぎっくり腰にはなったことはないけど、腰じゃなくて背中が痛い。ぎっくり背中なんてあるのだろうかと、痛い背中をかばいながら、検索窓に「ぎっくり背中」と打ち込んでみる。