Shin Yamagata

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色白




目の前に座った女は色白だった。そして美人だった。ひざの上には黒いかばんともう一つ小さなピンク色のかばんが乗っていた。ピンクのかばんにはペンギンの絵が描かれていて、確かそのペンギンの名前は「ピングー」というような名前だったっけ、とあやふやな記憶を探ったりしていた。それにしてもかばんは二つより一つの方がいいと思っていた。車内は少しだけ込み合っていた。隣に座っていた男が、その男の隣に座っている女に向かって「こういう電気はなんていうんだっけ?」と雑誌に載っている写真に指をさして聞いていた。女は「シャンゼリゼじゃね?」と返事をしていた。男は「あー」と、そんな名前はどうでもよかったというような返事をしていた。それはシャンデリアだと思いますと隣の男に言ってみようかと思ったが、男のそのやる気のない返事はそういう思いをどこか遠くへ退けるだけだった。目の前のかばんを二つ持った女は時々鼻をすすっていた。そのときにその色白で美人の女の顔はものすごく歪んでいた。鼻をすする瞬間、口元や鼻の周りが歪むのは当然だとしても、その女の顔の歪み方はどこか大げさで必要以上の何かだった。自分も鼻をすすってみて、女のそれと何が違うのか試してみたりしていた。女の顔の歪み方が大げさに見えたのは眉間のしわの寄せ方じゃないだろうかと思っていた。自分は眉間にしわを寄せずに鼻をすするのだということを生まれて初めてそのとき気付いていた。そのことが人生においてどれだけ重要なことなのかはそのときにはまだもちろん気付いてはいなかった。女はそれ以外にもとにかく顔全体が一気に動くようにして鼻をすすり続けていた。そしてその歪み方を見ながら「1Q84」の青豆の顔もこんな風に歪んでいたのかもしれないと思ったりしていた。