Shin Yamagata

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女は本当に男の口の周りに苔が生えていると思っただけだった。世の中には奇妙な男がいるものだ、しかしどうやって口の周りに苔を植えたのか、新種の苔なのか、人間と苔の共生関係なんて素敵じゃないか、と。女は苔に興味を持ったのであって苔男そのものに興味があったわけではもちろんない。したがって苔男が頬をぽっと赤く染めていることに気付くこともない。
「その苔、どうやって生やしたんだ?」
「は?な、何を言ってるんだ、これは苔じゃない、無精髭だ」
「無精髭?苔じゃないのか?」
「あ、当たり前だ、あ、顎に苔を生やしている人間なんてい、いるわけないだろ」
苔男の顔は真っ赤になった。
「なんだよ、つまんねーな、格好つけて無精髭なんて生やしてんじゃねーよ、この苔野郎!」
背高女は長い髪をばさっと振り回し苔男から顔を逸らせた。背高女はとにかく口が悪かった。
苔男はこの背高女に少しでも関心を持ってしまったことを後悔した。なんだよ、この背が高いだけの糞女、と心の中で毒づいても背高女に届く訳がない。苔男は背高女から離れワインのグラスを手に取った。思ったよりもいいワインじゃないか、苔男はワインにはうるさかった。でもいい匂いしたなあ〜、背高女の長い髪を見て、顔に触れそうになった背高女の髪のにおいを思い出そうと苔男は目を細めた。