Shin Yamagata

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「おい、お前、口の周りに苔が生えているぞ」
そう呼びかけられた男の肩書きは写真家だった。男は「カメラマン」と言われるのを嫌った。銭を稼ぐためだけに写真を撮ってるような奴らと一緒にするんじゃない、あんなのは嘘を補強するための写真じゃないか、男は数少ない知人にそう漏らしていた。「写真家」、「アーティスト」と呼ばれることを男は好んだ。そういうところのプライドだけは富士山よりも高かった。そういう意味で日本一の男ではあった。男の苔は無精髭だった。野暮ったく見えた方が写真家っぽくない?男はそんな安易な考えから無精髭を生やしていた。俺は無頼派だしな、そんな風に男は思っている。無骨で無頓着な感じを演出しているに過ぎない、着ている服はそこそこのブランド物じゃないか、貧乏貧乏って言いながらさ、金もあるんだろ?男の嘘で塗固められた表面の下に何があるかを数少ない知人たちは見抜いていたが、単なる知人だったのでそれ以上何も言う必要がなかった。
「なんだよ、お前、い、いきなり、失礼じゃないか」
苔男はびびっていた。声を掛けて来た女は男よりも20㎝は背が高かったし、好みの顔だった。