マネといっても近代絵画の父のマネではなく物真似のマネです。糸崎公朗さんの
ブログにこういうのがあったので自分もしておこうと。今読むと、もう少しちゃんと書
けてたらよかったのにと、思うのですが。テキストを再掲しておきます。
まだ写真を本格的に始める前の大学生のころ、私は電子顕微鏡を使い
写真を撮っていました。肉眼では決してみることのできない世界を眺めて
いたのですが、その眺めるという行為には明確な目的がありました。その
目的は常に意味に依存していて、その意味から逸脱するようなことはまっ
たくなく、無関心というか、無自覚なまま、意味が導くものだけを追ってい
たのです。具体的には微生物の細胞の変化を観察し、その「細胞」にまつ
わることばかり追いかけ、それ以外のものにはまったく目を向けていなか
ったということです。それでも細胞の映像は見たことのない形が集まって
おり、とても新鮮に見ることができて、楽しみでもありました。
顕微鏡という特別なものを使わなくても、少しものに近づくだけで顕微鏡
と同じように新鮮な見え方のするものが日常生活のなかにもたくさん潜ん
でいます。私たちは常に世界の意味を確認しながら生活をしていますが、
ものに近づいていくとそのような意味はどんどん消されていってしまい、た
だの抽象的な模様になってしまいます。そのようなあまり生活にとって有
用でないとおもわれているものに焦点を当てるということも、写真のできる
ことのひとつだと思っています。無意味だと思われているようなことに私は
関心があり、この写真も日常によくある些細な出来事を撮影したものにす
ぎません。そしてそのような些細なできごとに、どんどんシャッターを押して
みようという気にさせてくれるのが、デジタルカメラの魅力だと思っています。
ちなみに写真はコーヒーにミルクを入れたときの写真です。
元の画像がもうありません。捨てたみたいです。