Shin Yamagata

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たぬき




ほんの少しだけ雨が降っていた。傘をさすほどのことでもなく、ごくたまにメガネに水滴が付くくらいで、水滴と呼ぶほどの水滴ではなく水滴以前というような水滴の雨だった。すっかり暗くなった住宅街の中を少しだけ遠回りして家に向かって歩いていた。80メートルほど先に動物が動くのが見えた。あれはたぬきだと思った。尻尾が猫ではないなと思った。でもはっきりとは見えないので確信はない。
とか思うのと同時か思うより前くらいにその動物の向こう側から自転車に乗った中学生くらいの男3人組がキャキャと騒ぎながら自転車を走らせてきたと思ったか思わないかくらいにその動物は脇の植木の茂みの中にヒョイッと飛び込んでしまった、というか中学生だと気付いたのはもっと後の事だったのかもしれない。とにかくたぬきだと思われる動物はもう見えなくなった上に茂みに入ってしまったので、もう行方は全然わからなくなってしまった。
そのたぬきらしい動物が消えたところまでカメラを準備しながら歩いていくと、そこはあちこちに隙間があって(どこにでも抜けていける)、どこに入っていってしまったのか全然わからなかったし、こうなったらもう見かけることはないだろうと思って、でも一応足音を殺しながらそっと歩き始めて、5メートルほど進んで横の駐車場を見たらタヌキがこっちを見ていた。暗くてほとんど見えないけど、たぬきだというのがわかった。しばらくお互いじっとしていたけど、たぬきは慌てる様子もなく、駐車場の車の下へ歩いていってしまった。もう、ダメだと思った。
駐車場には5台くらい車が並んでいて、その下に入ったのだからどこから出てくるかもわからないし、車の下を覗いても暗いだけだし、待ち伏せをするにも車の片側から見ていても反対側から出て行ってしまえばそれでもう会うことはできなくなってしまう。たぬきが入っていったほうと反対側にそっとまわってしばらくじっとしていたけど何の気配も感じられなかったので、もう諦めて帰ろうと思って、でも一応また足音を殺して歩き始めたらさっき見たところと同じところでまたたぬきに会ってしまって、そしてまたお互いじっと動かずにかたまっていた。
シャッターに指をかけて半押しにしてそっと腕を伸ばしてカメラをたぬきの方へ向けたけど、この距離だとストロボの光がどうせ届かないだろうなと思って腕を伸ばしたままじっとしていた。そしたらたぬきが普通にこちらに向かってトボトボ歩き始めた。まさかこっちに向かって歩いてくるとは思っていなくて不意を衝かれた状態で思わずあああとシャッターを押してしまった。もう少し待てばもっときちんと撮れたのにと思ったけど、次のシャッターを押せる状態になる頃にはたぬきはすぐ横の隙間に入っていってしまった。とりあえず隙間めがけてシャッターを押してみたけどたぬきは写っていなかった。
なぜたぬきはこちらに向かって歩いてきたのだろうか。