Shin Yamagata

お知らせ  zine  Twitter   Instagram


 

放射線ビーム




扉を押して中へ入ると奥から黙ったままの女が現れた。女の口の左端からパンのようなものが少しはみ出ていて、左側のほっぺたはリスのように膨らんでいた。時間は12時を少し過ぎていたので昼食の最中だったのかもしれない。
メール便でお願いします。」
「普通でよろしいですか?」
女は口を小さくすぼめたまま、伝票を差し出しながらうつむき加減で答えていた。伝表に住所を書き込んでいる間に、口の中のものをきちんと飲み込むだろうか、あまりに早く書いてしまうと中途半端に口の中に残ってしまうだろうか、タイミングが悪いとちょうど口の中の物を飲み込むときに何かしゃべることになってしまいかねない、そういうのを見てみたい気もする、などとこの梅雨のどんよりとした前線がらみの空気の中で思っていた。書き終わって顔を上げると女の口の左端に見えていたパンらしきものは見えなくなっていたけども、ほっぺたの膨らみはほとんど変化がなかった。とりあえず、はみ出していたものを口の中に収めることには成功してはいるのだが、リスのほっぺただけはいやでも目立っていてどうしようもない。この東京もすっかり汚染されていることが今頃になって騒がれ始めていたりするのも、あるいは子ども達がセシウムごっこの中で放射線ビームを放射連発させ続けることも、このリスのほっぺた女にとってはほっぺたの膨らみ以上のものではないのかもしれない。あの爆発からかれこれ3ヶ月が過ぎようとしているのだから、ヨウ素半減期半減期半減期半減期のってな感じになっているだろうから、子ども達がヨウ素ごっこではなくセシウムごっこというのには一理ある。子どもたちは大人が考えている以上に常に敏感だ。子どもたちは大人が叱りつけるときに発するあの紋切り型のセリフの出所さえ、もうすでにわかっている。くだらねえ大人だと、腹の中で思いながらしょんぼりした振りをして大人に叱られているのだった。扉に手をかけ、よろしくお願いします、と言いながらリスのほっぺた女のほうを振り返ると口の左端からパンらしきものがまたはみ出してきていた。堪え切れない、まさしくそういう状況なのだった。