Shin Yamagata

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石垣




奈良の野迫川村に中津川というところがある。地図を見れば地名が記されているし、道路の標識にも「中津川」と出ていた。道はあるけど落石だらけで人が通っているような形跡がほとんどなく、おそらく数人しか住んでいないのではないかと思っていた。実際はもう誰も住んでいなくて廃屋が数軒あるだけだった。木が大きくなっていて空が塞がれ薄暗かった。昔はもっと空が広くて光がたくさん入ってきていたのだろうと思っていた。石垣を組んだあとがあり、道路から上や下を覗けば平らなところがあるからそこにも家が建っていたのだということがわかる。子どもの頃にこういうところにくればお化けが出そうとか思ってこわくなっていたかもしれないけれど、そのときは何もこわくはなかった。かつて人が暮らしていた気配というか、空間の名残というかそういうのがあちこちに見えていることが不思議な感じだった。そこを人が歩いていた、そこで人が畑を耕していた、そこで人が何かを燃やしていた、この木の下で誰かが腰を下ろしていた、その家の前で女が赤子を抱いていた。この空間に手を加えたのは確かに人間だった。