Shin Yamagata

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4月23日
30分遅れる、という連絡があり、じゃあ少しのんびりしようと思った矢先に、がんばったから9分しか遅刻しないで済む、という新たな連絡が女からあり、慌てて家を出る。目的地に到着すると、時間通りに着けることになったと連絡がきていたのだけど、もう一人待ち合わせていた女から、今メール見て慌てて向かってます、という連絡が来ていて、結局その女が30分遅れることになった。遅れると言ったのに時間通りに来た女と歩きはじめた。人がたくさん歩いていて、人混みが久しぶりだ。会う人のほとんどが年寄りだった数日前と違ってすれ違う人がみんな若い。日本のどこかからこの東京に出てきて、大学を出て、派遣社員とかになって低賃金で働かされることになる若者たちだ。ラーメン屋の行列を見てから近くの公園に座る。座ったのが桜の樹の下だから風が吹くたびに花びらや雄しべのカスが落ちてくる。晴れている。

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3月19日
近所の畑にモンシロチョウが一匹だけ飛んでいた。今日は昨日よりあたたかい。明日はもっとあたたかく、20℃まで上がるらしい。明日は冬を越したさなぎから羽化した蝶がもっと飛んでいる。すでに花はあちこちに咲いている。蜜はたくさんある。

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3月9日
昨日も晴れて今日も晴れて、そして、昨日よりもあたたかい。自転車の進路を南に向ける。地下鉄の線路をまたぎ、環七の信号を越えて商店街に突入する。昼間から酔っぱらったじーさんがこちらに向かって何か叫んできた。きっと自転車に乗ったわたしが邪魔だったのだろう。春の陽気だから、あははははは、と笑ってやり過ごす。小さな子供が乗った自転車がうねうねと蛇行している。わたしとぶつかりそうになって、その子の親が大声で叱りつけるのだけど、あははははは、とまた笑ってやり過ごす。古本屋に到着。「阿房列車」と「百」を手に入れ、そのまま二階の喫茶店に入る。買った本は開かずに持ってきた「愛の矢車草」を開く。隣の椅子の背もたれに窓から入った光が細く射し込んでいる。そこにカメラを向ける。あはははは、コーヒーが運ばれてきた。

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8月5日
ちょっと足首が、と思って、ん? 痛い? と思って、見たらアブが足首を齧っていた。救急車とすれ違う。少し先に事故現場。ああ、ここのカーブか。白い乗用車の運転席側が凹んでいる。中央線を割って対向車とぶつかったのだろう。このカーブは緩そうにみえるのだけど、少し曲がるとぐぐぐっとさらに曲がっていくカーブでスピードを出していると曲がりきれなくて危ない。今日は日曜日。(カーブで中央線を割って走ってくる車の運転手があぶな! みたいな顔をしてハンドルを切っていくのだけど、危ない運転をしているのはそっちで、あぶな! みたいな顔をしたいのはあんたやなくてわしで、ほんとうは、わざわざUターンまでして

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3月31日
午前中少し晴れ間が出る。気温が低く太陽の光が射す中を歩いていてもダウンを脱げない。東京ではほぼ満開らしいが、しだれ桜が咲きはじめたくらいでまだこちらの桜はつぼみだ。もう少し山を下ればちらほら咲きはじめてはいる。光は春だ。草も生えてきている。白や黄色の小さな花も咲いているし、ミツバチもときどき見かける。下って上る。小川を覗き込めば小さな魚が慌てて石の影に消えていく。風が冷たい。草の上に座ってぼんやりするには寒すぎる。三脚を握る手が冷たい。坂を下る。春という感じ

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6月12日
帰りは雨かと覚悟していたのだけど、降っていない。出かける前は本を読んでいた。久しぶりに、いわゆる、エンタメ、と呼ばれる小説を手に取った。何がいったいエンタメなのか、という問いを意識しつつ読み進める。だけど、読んでいるうちに物語の展開にのめり込んでしまい、何がエンタメなのかという問いが消えている。なるほど、これがエンタメの力か、とは思わない。いわゆる、純文学、と呼ばれる小説を読んでいてもそうなってしまうからだ。わたしは読書が下手なのだろうか、それとも猛烈にうまいのだろうか。写真を見るときはどうだろうかと考える。小説を読むときとは明らかに違って、分析してしまっている。何が写っているのかはもちろん、光を見て構図を見て写真の歴史まで持ち出して見てしまうこともあるし、写っているものが呼び込みうる社会的な意味を網羅しようとまでしてしまう。こんな風にしか写真を見ることができないのはやっぱり不幸なのだろうか、きっと不幸だ。しかし、希望がある。わたしはもの忘れがひどい。近年ますますひどくなっている。以前と比べれば、何かがすっぽりと抜け落ちた状態で写真を見ることができるようになっている気がしないでもない。一周回っていろんなことがどうでもよくなって忘れてしまって、そして、そのことは撮影することにも影