Shin Yamagata

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1月22日
無反射ガラスの値段を聞くと千六百いくらだと言われて、ネットで見たときには千円しなかった記憶があったから、じゃあいいです、と散々探してもらってあげくに買わなかったことを申し訳なく思いながら店を出た。次に、近所で買うと百五十円くらいするチョコレートが百二十円くらいで売っているドラッグストアに向かうことにした。ポケットに入れていたカメラを右手に持って電源を入れる。明治通りを横切って日なたの多い道を選んで歩いていく。パン屋の前の道が半分影で半分日向になっているのは、パン屋の頭上に布かビニール製かの庇みたいなものが歩道に向かって出っ張っているからで、いつもならその日陰と日向をばらばらと人が歩いているところに向かってシャッターを押すのだけど、今日は人があまり歩いていないから素通りしてしまう。その先の広い歩道の真ん中に大きな木があって、そこでも日陰が

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2月26日
駅に向かう途中に庭の広い大きな家があった。石を積み上げたような立派な門の脇に白梅が咲いていてその影が門に落ちていた。白梅と影の両方を画面におさめようとカメラを向けていると門からおじさんがでてきた。こんにちは、と頭を下げた。にこやかに笑ったおじさんは庭師のような格好をしているからこの家の人ではないのかもしれなかった。きれいに咲いとるなー、というようなことを江戸っ子のような口調で言った。いいにおいもしてますしねー、と答えて頭を下げて立ち去ろうとしたら、あっ、と大きな声を出しておじさんが固まった。えっ、なんですか? とおじさんに向き直ると、こっちの方がええにおいしてるんちゃうかー、と右手の小指を立てながら満面の笑顔で

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4月21日
見下ろして撮る写真にまだ手応えがない。手応えのあった写真はだいたいつまらないから手応えなんてあてにならない、というときの手応えではない手応えがない。フレーミングに相当気を遣って撮影するようにはなってきていて、あれをいれるかいれないかでまったく写真が変わってしまうことがあるということはわかってはきたのだけど、どうすればいいのかは現場ではまだよくわからない。たぶん、スケール感がなくなるとか、距離感がなくなるとかが、ちょっとしたことで変わってしまうのだとは思う。あと木は斜め上から撮影しても見下ろして撮りましたというようには見えないことがはっきりとわかった。普通の木に見えてしまう。だからこれは逆手にとったほうがきっとおもしろくなるような気がしていて、要するに、木の背景次第では不思議な写真、違和感のある写真、になるのではないかと思ったりもするのだけど、自身がそういうことをこれらの写真に求めているのかと考えると、実際、そういうつもりで眺めながら歩いていても、

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10月28日
三階建ての大きな家の取り壊される音がずっと響いている。敷地内にショベルカーが二台も入って壁を削っている。その建物には地下室があったらしく、二台のショベルカーが地面から少し沈み込んで見えている。このあたりはどこでもそだけど、家が取り壊されて土が剥き出しになると、大抵紫蘇が生えてくる。いったいいつの紫蘇の種から芽が、と見かけるたびに思う。まさかこの辺りに住む誰かが更地を見つけては紫蘇の種を投げ込んでいるわけではないだろう。赤紫蘇だったり青紫蘇だったり、両方が生えてくるところもある。まだところどころに畑が残っているから、かつてこの辺りはほとんどが畑だったのだろうと思われるのだけど、その頃の種なのかどうか、地層の年代の手がかりは大抵植物の花粉だと

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10月29日
昼間にセカンドバッグを小脇に挟んで歩いている40過ぎの小柄な男はこの辺り一帯の地主の息子だ。成り上がったばかりの奴らにありがちな派手な格好とは無縁の地味な服装でいつも歩いている。成り上がったばかりの奴らは盛んにSNSに既視感満載の写真を投稿する。必要もないのにサングラスをかけたり、鏡があればファッション誌を真似た自身の姿を撮影し、レストランの料理やレストランの料理を真似た自作なのかどうかも怪しい手作り風の料理を撮影したり、有名人や権力者には自身がからっぽなのを自覚しないままニコニコと笑顔で擦り寄り一緒に写真を撮ってからっぽを補完しようとする。いつでもまったく同じ口角の角度を維持したマネキンのような笑顔で。成り上がったばかりの奴らはセカンドバッグを小脇に昼間からぶらぶら近所を歩いたりはしない。働かずとも十分過ぎるほどの収入を得ている地主の息子は、賃料を得ているフィットネスクラブの主婦たちが自分のことをどう噂しているかは知らない。フィットネスクラブに通う主婦たちの中には地主が建てたマンションに暮らしている

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3月22日
東京の桜が満開になったとニュースで言ってたけれど、近所の桜はまだ五分咲きくらいだった。近所の桃の花はほぼ満開になって、りんごの花はすでに散っていた。曇り空の下、川沿いを歩いた。三面をコンクリートに覆われた川の右岸には桜が植えてあるのだけどここもまだ三分咲きくらいだった。それでも自転車をとめてスマホを取り出す主婦の姿を何度か見かけた。本当は主婦だかどうだかわからない、自転車の籠に買い物袋があったり、子供用の椅子が取り付けてあったり、まだ夕方になるまえだったりで、なんとなくそう思っただけで、仕事中なのかもしれないし学生という可能性もないことはなかった。それにしてもこんなにどんよりとした天気の中で桜を撮ったとしても、あの白っぽい花びらはさらにくすんで見えるだけではないかと思ったのだけど、数日前に見せてもらった最新のスマホの画像の色を思い出して、