Shin Yamagata

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5月23日




最初は静かだった席も、右隣に座った60歳は過ぎている二人のおばさんの会話と左隣に座った髪をオールバックにしたエグザイル風の男の電話の声に挟まれ、理屈を書かれた本を読むにはもうがまんできないうるささになったので本から目を離し顔を上げた。右隣のおばさんの会話よりも電話に向かって話し続けるエグザイル風の男の声が良く通る。電話に向かう声を聞いてわかったことは男が派遣会社で働いているということだった。男は自身の勤める会社に電話したり、取引先の会社に電話したり、派遣社員に電話したりしている。電話の鬼となっていた。人の名前の漢字を相手に伝えるときにしどろもどろになるのだから昔から国語が苦手だったのはエグザイル風の男だ。派遣する側と派遣される側の二手に人間は分かれてしまってからどれほどの月日が流れたのだろうか。しかし派遣する側のこの男も誰かに雇われているということに変わりがない。派遣されず派遣もしない人間もこの喫茶店にはいた。誰も雇わず誰にも雇われていない人間もこの喫茶店にはいた。隣の二人のおばさんはどうやら被雇用者のパートタイム労働者らしく、同じパートタイムで働く同僚の悪口を先ほどから延々と繰り返している。世界はうつくしかった。